ブータン紀行 清水 愛子(1)

鍵盤ハーモニカと一緒のブータンの旅

はじめに

私は、2016年6月28日から7月5日までの8日間7人の仲間と共にブータン王国の3都市(パロ,プナカ、テインプー)を旅行した。今回の旅行の共通目的は「ブータンの子供たちに鍵盤ハーモニカを演奏して聴かせたい」にある。さらに私個人の目的は「タクツァン僧院まで登ること」と「ブータンの料理と生活ぶりを知ること」である。共通目的の鍵盤ハーモニカ演奏は仲間の協力のお陰でしっかりと実現できた。しかし,個人目的はどれも申途半端状態で終わつてしまつた。でも,実現しようと努力したことは評価したしいと思つている。

私が事前に覚えたブータン語(ゾンカ語)は、クズザンポーラ(挨拶全般)とカデインチェラ(ありがとう)の二語のみ。しかし,この二語のお陰で小学生とその保護者,店員や道で出会つた方々,タシチョゾンやメモリアルチョルテン等で出会つた方々等から笑顔を頂戴することができた。ブータン(人)と私たちはとても似ていると感じた。まずは容姿。中肉中背で鼻はあまり高くなく肌はちよつぴり浅黒い。笑顔があり優しい。私たちが旅行した6・7月は雨期真つ最中だというのに空は澄み緑一色の日園風景(棚圏が多い点は少し違う)がいつぱい。さらに私たちの住む能代山本のどこの家にも咲いている代表的な夏の花(ヒマワリ,ムクゲ,タチアオイ,グラジオラス等),また,どこの家でも食べる代表的な夏野菜(キュウリ, トマト,ナス,カポチャ等)といったふうある。しかし,大きな違いもあつた。敬虔な仏教徒としての祈りの日常とブータン様式での伝統的な建築物。牛や馬などの家畜や犬・猫等の生き物との共生。民族衣装(キラ=女性用やゴ=男性用の着用。至る所に国王の肖像画が掲げられている点などなどである。

ブータンの国旗

ブータンとは?

正式国名はプータン王国(kingdOrn Of Bhutan)。もともとインド人がチベット人を指して呼んでいた言葉に由来するが現在,ブータンという国名は特定の国を指す言葉として世界に定着。ブータン人自身の言葉による国名は『ドゥク・ユル(Druk Yul)だ。「仏教ドゥク派の国」という意味。ドゥクとは雷龍という意味。私の住む旧八竜も合併前は「龍の町」と言われていたので,親近感がある。人口は約70万人。国土の面積は九州くらいで8割以上が山岳地帯の小さな国。(標高3,0 0 0m~ 4, 000m程度は山とはいわず丘というらしい。とすれば日本で一番高い富士山でさえ丘ということになる)険しい山岳と急峻な渓谷によつて分断され,谷ごと,村ごとで言葉が違うといわれるほど多様で複雑な文化をもっている。首都テインプーと唯一の国際空港であるパロ空港は西プータンにあり,ここは政治・経済の中心となつている。ブータンは北緯26度と沖縄と同じ緯度だが, 2, 000mを越える標高のため気温や四季の変化は長野県に近い。(ちなみに私が住んでいる三種町は北緯40度)雨期は5~ 9月,乾期は10~ 4月。言語はチベット=ビルマ語系のゾンカが国語とされており,行政、裁判などで用いられている。共通話として英語が広く使用されており,子供たちは英語が得意である。元首は2008年11月に戴冠式を行つた現王朝の五代国王ジグメ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク国王である。 五代国王夫妻は, 2013年に発生した東日本大震災の時に来目された。その時に優しく微実まれている姿に日本中が大フィーバーしたことは記憶に新しい。お二人には2016年の春に王子が誕生さ国民は大喜びされたとのこと。(随所にガイドブツクより引用しての説明あり)

ブータンの面積は日本の九州と同じ

どうしてブータンへ?に答えて

知人・隣人・友人から「どうして あんだまだ ブータンさ行くの?』と聞かれた。昨年(2015年),幼友達の友人(愛知県春日井市在住のKさん)から「教育事情のよくないブータンの予供たちに鍵盤ハーモニカを送りたいと思っていいるが、協力してくれないか」との誘いがあつた。誘われる以前の私はブータンについての理解度は皆無。しかし,友人の説明を聞いたり,ガイドプックを購入して読み進めたりしている内にブータンに興味が湧いてきた。特に、国内外問わず物騒な事故・事件が多発したり、自然災害が頻繁に発生している今の状況に不安をもっていいたので,「プータン国が国策としてGNH(Gross National Happiness 国民総幸福)を提唱しているのに心惹かれた。経済的発展とか経済的な豊かさが私達の幸せの尺度になっている感が否めない昨今、国民全ての幸福を願う国ブータンの今に魅力を感じた。“人と人・人と動物・人と自然とが調和しあいながら行きていけるとすれば,何と生き心地がいいんだろう”と熱い思いが湧きあがった。 だからKさんからの依頼には2つ返事で快諾した。私は「定年まで勤務できたのは、たくさんの方々の協力があつたからだ。今こそ自分でできることを通してささやかな恩返しをしょう」と決めた。

ブータン第五代国王と家族

●2016年7月ブータンの小学校に鍵盤ハーモニカを寄贈するためブータンを訪れた紀行文です。