紀行文集

紀行文集
清水愛子ブータン紀行最終回。ブータン各地を訪問しブータンに魅せられて無事帰国しました。カディンチラ(ありがとう)

4回目の感涙は7月4日 旅の終わりの日。5日間行動を共にし献身的にお世話してくれた2人の方とのお別れの日。前述した通りブータンでは輪廻転生を信じているので「さようなら」とは言わない。 その時、Iさんが「いい歌あるよ。この […]

続きを読む
紀行文集
清水愛子ブータン紀行8 絶壁にへばりつくように建てられた僧院への登山は、私のブータン旅行の3つの目的の一つであった。   

旅の終わりの日。5日間行動を共にし献身的にお世話してくれた2人の方とのお別れの日。前述した通りブータンでは輪廻転生を信じているので「さようなら」とは言わない。

続きを読む
紀行文集
清水愛子ブータン紀行7 ブータン旅行の道程を説明。ブータンの首都ティンプーからの農村地帯プナカ(標高1300m)へ移動。

2度目の感涙は7月1日農家訪問の時 ホテルでの食後プナカ(標高1,300m)という農村地帯へ。プナカを語る前にブータンの道程を語りたい。 羽田空港を飛び立った飛行機はタイのバンコクに到着。バンコクでロイヤルブータン航空( […]

続きを読む
紀行文集
清水愛子ブータン紀行6 ブータンの小学校へ鍵盤ハーモニカを届けるためにブータンへ。ティンプーの小学校で演奏会。

1度目の涙感は6月30日のテインプー小学校での演奏会時 子供達が私達の返礼としてブータンの歌を歌ってくれた。子供達の真剣なまなざしと初めて聞くブータン語(正式にはゾンカ語)の心を揺るがつメロディー。子供達と心が一つになっ […]

続きを読む
紀行文集
清水愛子ブータン紀行5。ブータンに到着して3日目に首都ティンプーから冬の都プナカに移動。プナカの農家を訪問し昼食。

3日目ティンプーから冬の都プナカへ出発。 ティンプーからプナカまでは距離にして80キロ程。しかし、道路の壁土の舗装が半分とアスファルト舗装が半分(センターラインはなし)の国道(私たちの農道と同じ状態)。未舗装道路は前日の […]

続きを読む
紀行文集
清水愛子ブータン紀行4 ブータンの小学校に鍵盤ハーモニカを寄贈する企画に沢山の賛同者が集まり90台が寄贈されました

“思い立つたら吉日"と考え,昨年(2015年)4月頃から自分が所属している退職婦人会の会や三種町教育委員会等に呼びかけさせていただいた。さらに幸運なことに北羽新報社の山谷記者が私の活動を種町の高朋で知ったということで取材を受けた。

続きを読む
紀行文集
清水愛子ブータン紀行3 ブータンへ旅行するための予備知識をガイドブックを読みながら勉強。ブータンに興味が湧いてきました。

どうしてブータンへ?に答えて 知人・隣人・友人から「どうして あんだまだ ブータンさ行くの?』と聞かれた。 昨年(2015年),幼友達の友人(愛知県春日井市在住のKさん)から「教育事情のよくないブータンの予供たちに鍵盤ハ […]

続きを読む
紀行文集
清水愛子ブータン紀行2 ブータンは雷龍の国と呼ばれているが私の住んでいる旧八竜も龍の町と呼ばれていた。

正式国名はプータン王国(kingdom Of Bhutan)。 もともとインド人がチベット人を指して呼んでいた言葉に由来するが現在,ブータンという国名は特定の国を指す言葉として世界に定着。 ブータン人自身の言葉による国名 […]

続きを読む